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【創業ストーリー】あの背中を追って-後編

全3回に分けて、ジースタイラス代表・折阪のストーリーをお届けします。

第五章 スタッフの裏切り

「もう、厳しいんじゃない? 」
一緒に営業に行った帰りに、福田が言う。彼は、「就職オーディション」から僕らにジョインし、イベント名を「逆求人」に変えてからは副代表という立場だった。
就職オーディションは、合同説明会に近いスタイルで開催した。まずは興味を持ってくれる企業に無料に近い形でブースを出してもらい、学生たちがブースを回る。ところが、それではまったくの赤字で、売り上げが上がる見込みも見えなかった。
ただ、就職オーディションによって分かったことがある。学生は出会いが足りないし、企業は採用に困っている。採用に困っていないのは大手だけだ。中小企業はネームバリューがないために、学生に興味を持ってもらえない。

そこで、インパクトを持たせるために逆にしたらいいのではないかと思った。学生がブースを出し、企業が回る。学生に自分をプレゼンテーションをしてもらうのだ。「自分をプレゼンする学生」というだけで企業が興味を持ちそうだ。
そこに興味を持ったのが福田だった。学生ながらすでに別の事業で起業していた福田は、僕よりも人脈が広く、ビジネスのこともよく知っていた。そのため、それまで副代表だった人を単なるメンバーにして、福田を彼の希望通り副代表にしたのだ。
能力があると思った福田を突然副代表にしたことで、他のメンバーの士気が下がり、営業に行くのは僕と福田ばかりになっていた。僕は「Edu」の経験もあり、「やる気を出せよ」と言っても通じないことはわかっていた。「人の気持ちがわからない」と言われるだけだ。
せっかく「逆求人」にして新しい仕組みを考えたものの、思うように売り上げが上がらない。
先に会場を押さえたり、ブースに必要な制作物を準備をしたりしているので、イベント日より先に支払いが生じる。これまでに受注した微々たる売上では、賄えなくなっていた。

「会場費の支払いが、明日までなんだよね」
打ち合わせをするために僕の部屋に戻ると、しばらく気になっていたことを告げた。
「え、まだ払えないだろ?」
「そうなんだよ。借りるしかないかな」
「売れる見込みがまだないのに? どこから借金するんだよ」
「消費者金融かなあ」
「なあ、キャンセルするなら、今じゃないのか」
「今からやめるって? そんなことできないだろう」
その日、お互いの意見は変わらなかった。福田は「もうやめた方がいい」僕は「やめるわけにいかない」。お互いにいろいろな理由を付けて、自分の意見を主張した。

次の日、福田から「俺は降りる」と連絡が来て、僕は消費者金融から五十万円の借金をした。
七人いたメンバーは、僕と、もうひとりだけになってしまった。

・・・・・・・・・・・

逆求人は、赤字だったが何とか開催した。参加者の中には、物足りなさを感じた人もいたと思う。だが、中小企業が採用に困っているのは改めて感じた。ニーズがあるんだから、この方向で間違いない。とにかく事業として形にしなくては。僕のなかにやめる選択肢はなかった。
逆求人の二回目は、幸先がよかった。消費者金融へ営業に行くと、百万円をポンと出してくれた。それで味を占めて値段を上げると、今度は売りにくくなってしまった。最終的にはかなり値段を下げて十五社ほどを集め、ようやく少しだけ黒字となった。

三回目は、メンバーを集め直して、一年前から準備をすることにした。以前描いた事業計画書のように、いずれは利益が出ると信じていた。実際、少しずつよくなっている。
金額も綿密に詰め、メンバーと手分けして営業をした。
僕は信じている。この就職活動方法は、今までにないものだ。学生だからといって、なぜ他の学生と横並びに比べられ、「選ばれ」なければならないのか。会社のことだって、入る前にわかるわけはない。社長や人事の話だけで「入りたい」と思っても、「想像と違う」なんてことは多い。また、よくわからないイメージで「入りたい」と思ったからと言って、なぜ頭を下げるようにして入れてもらわなくてはいけないのだ。
企業から見たって、ウェブのプラットフォームに高いお金を出して掲載し、学生に媚を売るようにして「見つけてもらう」「選んでもらう」ことはナンセンスではないか。自分の考えを述べられる学生と出会える場所に行き、自社に合う人を採用した方がずっといい。
そうやって学生や企業に説明していくうち、事業の正しさを確信していった。この新しい採用方法は、メディアにも注目されるのではないだろうか。
僕たちは、プレスリリースを配信することにした。さまざまな媒体に、手当たり次第メールを出した。
目論見は当たった。百媒体ほどから取材を受けた。開催日には、新聞やテレビの取材が来て、インタビューされた。僕は有頂天になった。
逆求人は黒字になったが、他にもいろいろなイベント活動をしていた。逆求人以外は収支を気にしておらず、気が付いたら借金が三百万円ほどにふくらんでいた。

イベントが大成功した数日後、借金取りを逃れるために上野公園に行く。ベンチに腰掛け、今夜はここで過ごそうと思った。
寝ころんで月を見上げた。数年前に読んだ本のノンフィクション作家も、こうして野宿をして夜空を見上げていたのだろうか。
あの人ほど危ない目にはあっていないけれど、僕は社会問題と真正面からぶつかっている。学生や中小企業の現場の意見を聞いて、課題を解消すべく動いているのだ。メディアを始め、大人や事業家も認めてくれている。
毎日お金の計算をするのは大変だし、こうして外で寝るのはつらいけれど、事業がよくなればいずれ返せる。
イベントの大成功を思い返し、僕は目をつむった。

第六章 リーマンショックによる大不況

大学を六年かけて卒業した僕は、知り合いの経営者のアドバイスを受けてリクルートに就職した。もともと誰かに雇われる気はなかったものの、まずは、「ちゃんとしたビジネス」を経験した方がいいと言われたからだ。営業として働きながら、借金を返し、事業のための資金も貯めた。

二年目からオフィスを兼ねた部屋へ越し、会社員として働きながら株式会社ジースタイラスを作った。逆求人を事業とする会社。仲間とサイト作りやマーケティングからスタートした。
リクルートを退社したあと、本格的に事業をスタート。初めから、恐れるものは何もなかった。瞬く間に成長し、六年目には従業員が二十人ほどになった。
そんな折、会社を襲ったのがリーマンショックだった。

僕は、信頼する会社のCFOである水野さんのもとを訪れていた。
今、会社にはひと月に約二千万円の支出がある。それなのに、売り上げがほぼ立っていない。リーマンショック以来、クライアントが採用にコストを掛けられなくなったのだ。倒産を避けるには、すぐに銀行から追加融資を受けなくてはならない状況だった。
「折阪君、持ってきた?」
水野さんに銀行を紹介してほしいと依頼したところ、まずはBS/PLを持ってきてほしいと言われた。経営状況を見てくれるというのだ。
「初年度は売り上げが五千万円でした。二年目は一億。そこまでは順調だったんです。ところが、その後四年連続一・三億で伸び悩んでいます」
「従業員数は?」
「一年目は三人。今は二十人です」
水野さんは黙って書類をめくっていた。
「折阪君は、社長としてどんな仕事してるの?」
「営業行ったり、メンバーとミーティングしたり……」
「メンバーはどんな仕事してるの?」
「ええと、同じです。営業とかミーティングとか。でも、僕が一番売り上げていますね」
「君が今やってるのって、社長の仕事じゃないんじゃない?」
「社長の仕事……?」
「成績が上がっていないのは、仕事を渡せてないんじゃないかな」
仕事を渡すとは、どういうことだろうか。僕は社長として一番頑張っているつもりだったし、メンバーも忙しく働いている。
「これ見る前からそうだろうと思っていたけど、リストラしたほうがいい」
僕は、その言葉を聞いて愕然とした。リストラからは、ずっと目を背けていたからだ。
もともと、学生の頃の経験から、メンバーは定着しないものだと思っていた。だから起業してまもなくは、社長の自分より、メンバーに給料を多く渡していたほどだ。高い年収でしかメンバーをつなぎ留められないと思っていた。ただそれが、経営を圧迫することにもつながっていたのだろう。
「リストラ、ですか」
「そうだね、辛いけど。従業員を半分にすれば、しばらくは大丈夫だよ」
「半分も……?」
「銀行から借りるより、そっちが先だよ。辛いけど、心を決めるしかない」
自分では決められなかった決断。水野さんが告げてくれたことで、正直、肩の荷が下りる思いがした。一緒に働いていたメンバーに辞めてもらうのは辛いが、重たい荷物、毎月の多大な出費が減り、身軽になる。

僕は、腹を据えた。

・・・・・・・・・・・

その日の夜、全員に同じ文面のメールを出した。会社の状況を説明し、今すぐリストラしないと会社が継続できないこと。誰もいなくなっても、一人でも事業は続けていく。ただし、メンバー全員を守ることはできない。できれば、今すぐ辞めてほしい。そんな内容だった。
次の日会社に行くと、メンバーの反応は様々だった。僕に詰め寄って泣き出す人、「絶対に辞めたくない」と言う人、会社に来ない人……。出勤してこなかった彼は、それきり姿を見せることはなかった。
そんな中、昨日のうちにメールをもらっていた二人がいた。彼らは示し合わせたように「これから面談をするだろうから、一緒に担当する」と言ってくれたのだ。自分をリストラする予定かどうかも聞かず、ただ僕の負担を軽くしようとしてくれた。
Eduで「折阪君に私の気持ちはわからない」と命を絶ってしまった人や、イベントの採算が合わないと知るや離れてしまった人。これまで離れていった人たちを次々と思い返した。僕はそんな経験をして、人に対して期待しないようになっていたのだろう。どうやったって、お金以外で人をつなぎ留めておくことなんかできない。いつからか、そう思うようになっていた。
今、こうして事業がうまくいかなくなってしまったのに、自分の進退を顧みずに、僕を助けてくれようとしている人がいる。予想外の申し出に、これまでの人生で初めて、メンバーを信じられる気がした。

その後数日かけて、彼らが全員と面談してくれた。彼らとも相談し、成果が出ていない人たちに辞めてもらい、従業員は半分になった。
ジースタイラスは身を切るようにして、ようやく再建する準備が整ったのだった。

エピローグ

あれから、「社長とは何か」をずっと考えている。
さきほど、学生の頃何度も読んだドキュメンタリーを書店で見つけ、文庫サイズのそれを買った。当時はハードカバーがボロボロになるほど読んだが、コンパクトなサイズで手軽に持てるのは不思議な感じがした。
これを読んで現場にこだわってきた僕は、社長という役割について、考えが抜け落ちていたのかもしれない。
もともと、学生時代に発起人だからと代表を務めていた。社会人になってからも、自分には向いていないと思っていたが、大学に六年も行っていたから遅れを取り戻したいという気持ちもあった。そんな思いで走り続けてきたが、リストラを決めるあの時まで、社長という立場をしっかり考えたことはなかったように思う。
文庫本を手に持ち、学生の頃よく寝泊まりした上野公園を歩いた。平日の昼間だが、たまにこうして考えごとをするためにオフィスを離れる。がむしゃらに働いていた頃が嘘のようだ。リストラを実施して少しずつ他のメンバーに仕事を渡すようにして、三年ほど経ったころから、僕が営業に行かなくても会社が回るようになった。それからは業績が上がり続けている。
今朝は、以前まで営業電話の一つもかけられなかったメンバーが、自分なりのやり方でいくつか契約を決めてきていた。昔なら、電話を掛けられない様子を見て「もっと電話した方がいいんじゃない?」と促してしまっていただろう。でも、人には人のペースがある。適切な声をかけて待っていれば、本当にずっと座っているだけの人はいない。だから、僕は毎日気にかけながら、待つことにした。その後、彼は自分でメールに工夫をして、受注が取れるようになったのだ。確かに彼のメールの文面は、いつのまにか誰よりも上手になっていた。その人なりのやり方でやればいいのだ。

公園では噴水の周りで、五歳くらいの女の子がシャボン玉を追いかけて走っている。あの子が大きくなるころには、日本の働き方は大きく変わっているだろう。今はまさに、変わり始めだ。これから劇的に変わっていく。
年間で何十件も逆求人のイベントをやってきて、クライアントにも学生にも感謝される数が増えている。経験した企業からは、採用の第一候補に考えてもらえることが増えた。だが、まだまだ一部にしか広まっていない。もっと一般化していく必要がある。
逆求人を広めるだけでなく、社長としてしっかりと事業を継続して、社員を守ることを考えるようになった。できれば僕は表に出ず、メンバーに輝いてほしい。個が輝く会社にすると同時に、個が輝く社会にしていく。
僕は本を読もうと、ベンチを探してあたりを見回した。
一瞬、目を疑った。
昔、講演会で見たドキュメンタリー作家。あの頃より年を取っているが、間違いない。彼が足早に、目の前を通り過ぎようとしていた。僕は、迷う暇もなく駆け寄った。
「あの……!」
その人は、横から駆け寄る僕の顔を見てから、手に持った文庫本に視線を落として立ち止まった。
「ああ、それ、懐かしいな」
差し出す手に、僕は文庫本を載せた。彼はそのままぱらぱらと開く。
「学生の頃、同じ本をハードカバーがボロボロになるほど読みました。懐かしくて、またさっき購入したんです」
そう聞いた彼は驚いた顔をして、僕を見る。日に焼けた肌と、深く刻まれたしわ。たくさんの修羅場を潜り抜けてきたんだろう。
「その本の出版講演を聞きに行ってから、僕は官僚になるのをやめて、社会問題に対峙しようと思ったんです。人材採用の事業で起業して、今年で十四年目になります」
「そう。若いのに立派だな。頑張って」
彼は僕に文庫本を返すと、右手を差し出した。僕が差し出した右手を固く握り「じゃあ」と手を軽く挙げると歩いて行った。
僕が彼を思い追いかけたように、僕はこれからの若い人たちが追いかけるロールモデルを輩出したいと思っている。逆求人に参加する学生や、今の会社ジースタイラスから生み出したい。これまでは人材を「つなぐ」ことが仕事だったが、それに加えて人材を「つくる」事業にしていく。
僕もあの人のように、前へ進みつづけるのだ。

文 栃尾江美
絵 山本麻央

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